平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

恐怖の人食いドライヤー。

会社から帰り、まだワイシャツも脱いでいないような状況で、娘に呼ばれる。
声は洗面所から聞こえており、覗いてみると片手にドライヤーを持った娘が神妙な顔をして静止している。眼差しは鏡のほうに向いていて、右手にドライヤーというそのポーズは、まさに風呂上りに髪を乾かしているという形態なのだが動きがない。
静止した娘は、口だけ動かしてこう言った。

「ドライヤーに、食われた」

その後の娘の解説を聞きながらドライヤーを観察してみると、送風する出口部分の逆サイドにある吸気部分についているメッシュ状の部分に、髪の毛が入り込んでいる。
いつも通りにドライヤーを使っていたらこうなった、という話なのだが、メッシュはとても細かく、そんなところに偶然髪の毛が入るということがなんとなく信じられない。ここに髪が入る状況があるとするなら、

「髪の毛を2、3本つまみ、そっと丁寧にメッシュ部分を通す。そしてそれを20回ほど繰り返す」

……ということになるような気がする。とはいえ好き好んでこんなことをする人はいないだろう。いや、娘は少し変わったところがあるから……いやいやとはいえさすがにこれは。

娘の指示に従ってそっと髪を引き抜こうとしてもビクともしない。一度に抜こうとする髪の本数を変えてみたり、抜く方向を変えてみたりしてもだめだ。その度に「あいたたた」と言う娘の声がいつもより妙に低くてつい笑ってしまい、「なぜ今笑うか」と注意された。まあ、当事者としては面白くもなんともない事態だろう。

結局のところ、吸い込まれた髪をハサミで切ることでこの状況は解決した。
試しにスイッチを入れてみると、予想通り焼けた髪の毛特有の臭いを発し、動作音もいつもと違うらしい。まあ、買い替えることになるのだろうなあ、と思う。そもそもこれは会社の忘年会のビンゴの景品なのだ。ということは高価なものでもないはずなので、特に思い入れのようなものはない。

僕はドライヤーを使わないので、今回の件はなんだかとんでもないレアケースのような気がしてしまうのだが、その時外出していた奥さんに聞いてみても「そういう経験はない」という話であった。
ウチの奥さんがたまたまラッキーなのか、それとも娘がたまたまアンラッキーなのか、統計的に確認してみたいような気がしないでもない。