平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

いつものトイレは16番。

寒い朝は、駅のトイレが混む。
大きな駅のそれなりに大規模なトイレから行列がはみ出している光景を見ると、ああ、偉そうにしているけど、人間も結局のところ動物なんだな、という気持ちになる。

通勤で使うある大きな駅で用を足す時に使用するトイレがだいたいいつも同じであるということにふと気づく。そのトイレには便器ひとつひとつの脇にナンバープレートが付いていて、僕が使うのは圧倒的に16番だ。 人の出入りが激しく落ち着かない出入り口付近から距離があり、あまり混んでいないのが便器ナンバー16番付近なのだ。何度も利用しているうちにいつの間にかそこに落ち着いたのだろうが、我ながらいかにも僕が選びそうな場所だと思う。

ふと気づけば「なじみの店」とか「常連になっている店」みたいなものに縁がないままそれなりに大人になってしまった。
店のドアを開けると、店主が「よく来たね」などと声をかけてくれる。その親しげな感じになごんでいると、「いつものでいいかな」などと言ってくれたりもする。洒落てはいないが小ぎれいな店内。店主の口数は多からず少なからず、配役は小林薫か光石研だ。
……というような感じに興味がないわけではないのだが、他人と過不足ないコミュニケーションをとれるようになるまでとても時間がかかるという自分の性能を考えるとなかなかそういう機会はないだろうなと思う。
そのかわりといってはなんだが、僕にとって16番の便器はちょっとしたなじみの店、16番の便器にとって僕は週に何度か顔を出す常連客のようなものなのかもしれない……などと言う気は毛頭ない。毛頭ないのだが、トイレに入って16番の便器が誰かに使われているのを見ると、なんとも残念な気分になったりする。

それが今朝の話だ。