平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

雨の中、トイプードルが仁王立ち。

夜中にふと目が覚めて、はてなんでまた今このタイミングで目が覚めたのだろうなどと思う間もなく、寝室がびりびりと震えるほどの轟音である。
その後、カーテン越しでもしっかりわかるほど空が光り、その数秒後に轟音、という組み合わせが3セットほど続き、なんだかものすごい勢いで落雷が続いているということがわかった。雷の音ばかりに気を取られていて気付かなかったが、雨の音もかなり騒々しいことになっている。

なるほどそういうわけで目が覚めたのか、と納得しつつスマートフォンを見ると、防災速報アプリから何件か通知が来ていた。この雨で、僕が住んでいる町の一部が警戒レベル3に指定されたらしい。台風のシーズンになると時々見る通知なので、「警戒レベル3」という情報自体は見慣れたものだ。川のそばに住んでいる人たちのことを思うとそれなりに心は痛むのだけれど、僕の住んでいるマンションは坂の上のほうにあるので基本的には心配する必要はない。

……必要はない、のだが。
今晩に限って、なぜか気持ちが落ち着かない。落ち着かない気持ちをよくよく検査してみると、どうやら怖いと感じているようなのだ。
アタマでは心配ないと思っているのに、気持ちが怖がっている。光る空。雷鳴。雨はあらゆるものを打ち叩き、アスファルトや木や金属から様々な音程の雨音が聞こえてくる。それらが暗い寝室を彩り、僕は目ばかりが冴え、とても眠れそうにない。
ここ数か月、毎日なかなかヘビーでシリアスなニュースばかり見ているから、知らぬ間に気持ちが疲れていたのかもしれない。だから、この寝室を彩る落雷と豪雨とアプリの通知を、うまく受け止めきれないのだ。たぶん。

ふと気づくと、そばで寝ているはずの犬がいない。
リビングを覗いてみると、窓のそばで彼女(ウチの犬は女の子なのだ)は仁王立ちをしている。顔の向きから察すると雷の鳴るほうをじっと見ているように見える。びかびか光る空も雷の音も気にならない様子で、日頃の彼女の気の小ささを知っている者としてはその光景に違和感を感じなくもない(それはそれとして、犬の姿勢の説明に「仁王立ち」という表現を使っていいものなのだろうか)。
彼女の頭をなでるとしっとりと濡れている。眼鏡をかけていなかったから気づかなかったが、窓は開け放たれていて、リビングに雨が吹き込んでいるのだ。あわてて窓を閉めて犬と床をタオルで拭き、一応彼女に、「窓が開いているなら教えてくれよ」とか言ってみる。

ベッドに戻ると彼女もついてきて、寝そべる僕のそばまで来たかと思うと、腕のあたりをべろべろとしつこく舐めてくる。くすぐったいからやめるように注意してもやめてくれない。何度注意しても、しつこくしつこく舐めてくる。
もしかすると、「雷はこわいけど、こうすれば大丈夫」という意味で、僕の気分を落ち着けようとしてべろべろ舐めてくるのだろうか、などと思ったり、そういう風に勝手に人間の思いを犬に乗っけるのはいかがなものか、と思ったりしながら犬の背中をなでてやる。しばらくなでているとようやく腕を舐めるのをやめてくれて、彼女はくるりと丸くなる。もうしばらくなでていれば眠ってしまうはずだ。
いつの間にか雷の音は聞こえなくなっている。犬の背をなでながら、僕はいつになったら眠くなるのだろう、などと思う。