平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

ダリンダリンダ。

とあるマンションのそばに、ワンボックスカーが止めてあり、そのマンションから出てきた男がふたり、車の中に荷物を運びこんでいる。僕は、男たちが運び込んでいるものの名前が思い出せず、あれ、なんだったっけな、と考える。
車の中にはすでに別の物が置かれている。便器だ。車の脇を通り過ぎる時にちらりと見ただけではあるが、あの白さ、あの光沢、あのカーブはそうそう見間違えるものではないだろう。

車の側面に書かれていた会社名とキャッチコピーから察すると、貸し倉庫のサービスを利用して、荷物を取りにきてもらっているようだ。車に積み込まれた荷物たちは、どこかにある貸し倉庫に収納されるのだろう。

車の脇を通り過ぎ、そろそろ駅が見えてくるころ、さっき思い出せなかった荷物の名前をふいに思い出した。そうだ。あれはたしか舵輪というもののはずだ。船を操舵する際に使用する、グリップのたくさんついたリング状のハンドルのようなあれ。
先ほどワンボックスに積み込まれたそれは、舵輪というもののはずだ。成人男性がふたりがかりで運びだすくらいの、なかなか大きな舵輪だった。

あの舵輪は本物なのだろうか。
見たところ木製で、その直径を丸テーブルで換算すると、ニ、三人で食事ができるくらいのサイズ感があったように思う。舵輪について詳しいわけではないが、そのサイズ感や木目感からして、壁に飾る装飾品のようなものなのかもしれない。

朝、便器と舵輪がどこかの倉庫に運ばれていく。そういう状況に至るまでに、どんな物語があったのだろう。「便器」、「舵輪」、「貸し倉庫」で三題噺(ばなし)を作るとしたら……などと考えながら電車に乗り、会社へ向かう。

それはそうと。
舵輪なんて言葉、よく思い出せたものだ。僕の生活に登場する機会はほとんとなさそうな言葉である。もしかしたら、この言葉を使うのは人生で最後になるかもしれない。
そう思うとなんとなく感慨深いような気がしないでもない。これが最後の機会ならば、記念にあと一、二回書いておこう。

舵輪舵輪。

なんだかブルーハーツみたいだ。