平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

そんなことよりナッツトゥユー。

仕事で使っているメガネが見えにくくなってきたので、近所の大型スーパーに入っているメガネ屋に行くことにした。まあ、メガネの調子が悪くてメガネ屋に行くのだから、これ以上ないくらい当たり前の話だ。
これが、「仕事で使っているメガネが見えにくくなってきたので、近所の大型スーパーに入っている鮮魚店で思い切ってウナギを買ってみた。旬だし」だとずいぶんな変化球になってくる。もしかしたら、ウナギに含まれるなんらかの栄養に視力を改善する効果があり、長期的な視野で見れば僕のメガネ問題とウナギがつながってくる可能性もなくはないが、視力が改善するまでウナギを食べ続けるよりも、安いメガネを一本買ったほうがコスパが良いような気はする。
いや、だから何だ、という話ではあるが。

仕事をする時以外には使わないメガネなので、どうせなら今まで買ってきたものとは違うテイストのものを選ぶのも面白いかもしれないと思い、娘に声をかけて同行してもらうことにした。自分で選ぶとつい「いつもの感じ」のものを買ってしまう可能性が高いので、アドバイザーとしてついてきてもらったのだ。

ちなみにウチの娘は筋金入りのインドア派で、もしもステイホーム力検定というようなものがあったとしたら余裕で1級くらいは取れてしまいそうな逸材だ。なので当然、断ってくると思っていたのだが、どういうわけか今回はついてきた。自分で誘っておいて「どういうわけか」などと言うのもアレだが、それくらいステイホーム欲求が高い逸材なのである。
昨年から続くコロナ禍において、娘がまず最初に得た気付きが「目覚ましがなければ12時間眠れる」という能力を持っていることだったらしい。昼近くまで寝て、朝昼兼用の食事をして、その後に昼寝をして、夕方にまた起きて、犬の散歩に行き、帰宅後にゆっくり風呂に入り、夕食を済ませ、なんとなくテレビを見てから眠る……という生活がまったく苦にならない、というか、むしろ理想なのだそうだ。ここでついうっかり「あまり寝てばかりいると、もったいないという気分にならない?」というような質問をすると、「フー」などとため息をつきながら、ちょっと憐れむような目つきでこちらを見つつ、「ぐっすりと眠る以上の有意義な時間の過ごし方があるだろうか。あるなら言ってみなさい」みたいなことを言われる。のび太みたいなことを言う人間は本当にいるのである。

どうも僕は、娘がたまたま「外に出てもいいかもなあ」と思うタイミングに声をかけたらしい。ちなみにそのタイミングは、ハレー彗星の接近周期なみにレアなものらしく、そのタイミングで声をかけた僕は、なかなかの強運の持ち主なのだそうだ。どうやら、運というものは知らない間に無駄づかいしてしまうものらしい。

メガネ屋で、娘に言われるがまま、10種類くらいのメガネを試す。
けっこう真面目に選んでくれているようで、試したフレームがいまひとつだったりすると、「あー、なんかごめん」などと謝りつつ次のフレームをあわてて持ってきて励ますような口調で「ここから気持ちを切り替えていこう」みたいなことを言いながら渡してくれたりした。僕が自分で確認する前にフレームをチェンジされたりすると、さっきのフレームは僕の顔面でどんな大事件を起こしたのだろうかなどと心配になり、つい、「すみませんこんな顔面で」と、誰にともなく謝罪の意を表明するのであった。

最終的に娘が選んでくれたフレームは、僕史上もっともレンズがまるく大きいものであった。
ここ何年か角張った感じのフレームのものしか使っていなかったので、選ばれしフレームをかけてみて鏡を見ても相当な違和感を感じる。とはいえ、通報されそうな怪しさを発散しているということもなさそうだし、少なくとも悪者には見えなさそうだ。
これまでの人生で、二回ほど「殺人者のような顔」と言われた事のある僕としては、この辺のところは注意深く確認しないとならないのである。
ちなみに殺人者云々については、別の人物から、中学生の時と社会人になってからの一度ずつ言われている。ということはつまり「オレ、こう見えても若い頃はとても口では言えないくらい悪くってサ」みたいな、一過性の顔面デザイン変化ではなく、オールタイム殺人者顔面という可能性が高い。そもそも「殺人者顔」の定義がよくわからないっちゃわからないのだが、あまり好ましい風貌ではないことはけっこう容易に想像ができる。

フレームを選び終わると、娘は「買い物して帰りたいんだけど財布忘れちゃったから」と言いながら僕から1000円札を拝借して去っていった。

視力検査やらレンズ選びやら装着時の微調整といった「メガネ購入時の一連の流れ」をこなして帰宅すると、娘が待ちかねていたように冷蔵庫からアイスを出し、奥さんを交えた三人で食べることになった。
メガネ屋の入っている大型スーパーにあるサーティワンで買ってきたらしい。娘はポッピングシャワー、奥さんはキャラメルリボンで、僕のはナッツトゥユーだ。とにかく僕にはナッツを食わせておけば問題ない、という見立てなのだろうが、それはまったく大正解だ。サーティワンのアイスを食べるのは、たぶん、一昨年の年末以来だと思うのだが、その時もナッツトゥユーを選んだはずだ。

買ったばかりのメガネをかけて、アイスを食べながら、ふとメガネ屋の店員さんのことを思い出してみた。
店員さんは、前髪ぱっつんの可愛らしい女性で、視力検査の後、「ここにある機械では、レンズの度を調整することで視力が改善するのかどうか判定できませんでした。かかりつけの眼科医などで精密な検査を受けて、その結果を持ってきていただかないと、レンズの調節ができません」というようなことを言ったのだ。
もう長いこと目の病気を患っているから、こういうこともいつか起きるのかもなあ、とは思っていたのだが、いざ実際に音声で聞いてみるとそれなりの感慨がある。
店員さんは長い時間をかけてあれこれ調べてくれた上に、「こういう結果しか申し上げられない以上、今日はメガネのご購入をおやめになってもいいのではないかと思います」と言ってくれた。とりあえず、今までのメガネと同じ度にしてもらったのだが、それても、レンズが新しい分キズやくもりが少ないから、前よりは明るくよく見える。

これからは、メガネを新調する度に、かかりつけの眼科医の診察を受けなければならない。面倒だしお金もかかるなあ、と思ったり、少しずつ進行する症状のことを考えたりしながらアイスを食べたのだが、
そんなことよりナッツトゥユーはおいしい。

ところで、娘に貸した1000円札は、「お釣り」というひと言とともに、1枚の100円玉になって返ってきた。
まあ、美味かったからいいか、ということにする。