平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

ひどくちっぽけで、ファンタスティックでもビーストでもないけれど。

犬を連れて実家に新年の挨拶に行く。

こういう場合、ペット用キャリーバッグを使用する。我が家の犬はそれほど大柄ではないので、バッグの大きさもそれなりだ。僕が電車の座席に座った場合、バッグを膝に乗せても僕の幅からはみだすことはほとんどない。

バッグに入っていただいた犬は、いつだってあまりご機嫌がよろしくない。
まあ、いきなり狭い小部屋に閉じ込められた挙句、それが自分のあずかり知らぬ場所に移動するのだから不機嫌になる気持ちはよくわかる。もしも自分がそういう境遇だったら……という脳内シミュレーションをしてみるとしみじみと思うのだが、バッグ内で嘔吐しないだけ立派なものだ。バッグの中で抗議の大暴れをするくらいかまうものか、という気持ちにもなろうものだ。

ウチの犬はそれほどやんちゃな性格ではなく、基本的に僕のすることに関しては黙って従ってくれるのだが、バッグに入れられるのは相当腹立たしいことらしい。その反動として、バッグの中で抗議の大暴れをするのだが、あまりの暴れ倒しぶりにバッグがガタガタゴトゴトと振動し、たとえばバッグを地面に置いておくと、振動によりそのまま移動しそうなガタゴト具合になる。

バッグを持つ手首の関節が前後左右にぐりぐりと想定外の方向に曲がり、その振動が僕の体を小刻みに動かす。バッグに顔を近づけて、立てた人差し指を口にあて、「しっ、お願いだからおとなしくして」などとつぶやくと、気分は年末に観た『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』の主人公だ。とはいえそのつぶやきは宮野真守の声(※注:日本語吹き替え版)ではなく、面白くもおかしくもない僕の声である(当たり前だ)。ふと思うと『ファンタスティック~』で宮野真守という人の声をはじめてしっかりと聞いたような気がする。今さらながらいい声なんだなあと思う。そういえば、彼の声は時々放送される星野源の音楽バラエティ番組でしか聞いたことがなかったのだ(ちなみにその番組で宮野真守が担当しているのはネズミのぬいぐるみの声である)。

話がそれた(とはいえいつものことだ)。
不定期に行われるこの大移動について、我が愛犬はさぞご立腹だろうとは思うのだが、実家に着いたら着いたでそれなりに楽しそうに遊んでいるし、なによりも両親がとても喜ぶので、今後もどうかお付き合いいただきたいと思う次第だ。

実家の広くもない居間をバターになりそうな勢いで駆け回る犬を眺めながら、母が「そろそろ猫を飼おうと思っている」というようなことを言っていた。
かつて実家にいた3匹の猫たちは皆亡くなっていて、最後の一匹は学生時代の僕の相棒だった。彼はなんと23年も生きて、大往生ともいえる最期を迎えたのだが、それがもう3年前のことなのだ。もうそろそろ両親のところに新しい猫が来てもいい頃なのではないかと僕も思う。
「猫の愛より偉大なギフトがあるだろうか」という言葉があるらしい。
僕自身がそこまで言い切れるかどうか自信はないが、実にいい言葉だなあと思う。