平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

ひと目だけでも見てみたい。

昼休みが終わり、最上階にある休憩コーナーから自席のあるフロアに降りる階段をてくてくと歩いているとき、前を行く女の子ふたりの声が耳に入ってきた。聞き耳を立てたわけではない。彼女たちの声が大きいのだ。

彼女たちの話の内容を要約すると、あるフロアに姿かたちがとても整っている男の人がいるという噂があり、それがどこの誰なのかは知らないが、つまりどこに座っているのかすらわからないが、とにかく一見の価値があるらしいのでこれから見物しに行こう、となる。
そのフロアとは僕の自席があるフロアのことで、まあ、このビルのどのフロアも同様ではあるが、ひとつのフロアあたり数百人の男子がいるはずだ。当然、彼女たちの中でもそこは話題になり、顔見知りでもないし席の場所もわからないターゲットを探すのはさすがに無謀なのではないか、という慎重論も出ていたようだ。

結局のところ、
「可能性は低いがみつけられたらめっけもん」
「すんごくカッコいいんだから遠くからでも目立つかも」
「カッコいいのを通り越して光り輝いているかもしれないし」
という、あっぱれなくらいポジティブな結論を彼女たちは出した。フロアに到着し、僕はそのまま自席に向かったが、彼女たちは入り口のところでなにやら相談をはじめていた。きっと、捜索プランでも立てているのだろう。

「女の子ふたり」といっても、会社の中の話なので、どちらも大人の女性である。僕はこういう見立てが下手なのであまり自信はないけれど、おそらく20代後半、といったところなのではないだろうか。
そういう大人の女性が「とにもかくにも見てみたい」というそのカッコよさは、どれほどすごいものなのだろう。「一見、冴えない男に見えるけれど、少し話してみたらわかると思うんだよね、その魅力が」というような内面の魅力に頼ることなく、姿かたちのみで見知らぬ人を魅了するとは、どれほどすぐれたデザインなのだろう。
自席で首をぐるりとまわし、視界に入る男子の顔を次々と検分してみる。皆それなりのナイスガイではあるものの、そこまでの魅力を放射している顔面はないように思える。
彼女たちがこの付近に立ち寄ることがあったとしても、そのまま素通りされそうだ。

僕はこの手の話はわりと好きなので、どうせなら彼女たちの捜索活動が成功するといいと思う。
まあ、仕事に支障がない程度に、健闘を祈っておいた。