平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

その光にアイデアを。

出社時、自宅を出ると真っ暗なのである。
時刻は6時ちょっと過ぎというところで、まあ、季節と時間帯を考えるとそういうものだろう、という話ではある。

真っ暗な路地を歩いていると、前方から白い光がふわふわと近づいてくる。地面近くの低いところをゆっくりとしたスピードで移動するそれは、近づくにつれ、小さな丸い光がいくつか連なっているものであることがわかる。ただ、どれだけ頭をひねっても、僕の知識の中から似ているものを見つけることができない。だから、印象としては得体の知れない光がふわふわと近づいてくる、としか表現することができず、その印象が生み出すものはちょっとした恐怖だ。

まあ、結論からいってしまえば、その光の正体は犬の首輪、もしくは胴輪であった。その光との距離が短くなるにつれ、暗闇から浮かび上がる犬と飼い主に気づいた時には驚くやら安心するやらで、先ほどまでそれなりに怖がっていた自分が照れくさくなったものなのだが、事情を知らない状態で見るあの光はけっこう心臓に悪いと思う。日本中をくまなく探せば、恐怖によるショックで気を失った人もいるのではないだろうか。

おそらくは、犬を光らせることで周囲の歩行者自転車自動車等にアピールを行い、事故を防ぐための工夫なのだろう。ただ、今回、僕が遭遇したケースに関していえば、犬の毛が黒いのは体質的な問題なので仕方ないとして、飼い主がもう少し明るい色合いというか、暗いところで少しでも目立つような服を着ていてくれればそこまで怖くなかったのではないか、という気がしないでもない。白い光がふわふわと近づいてきたとしても、そのかたわらに人間がいることがわかれば、よりはやく事情を察知することができたかもしれない。犬も飼い主も全身黒ずくめってことはないじゃないか、というのが僕の正直な気持ちではある。

ふと思ったのだが、光る部分が「犬」の形になっていればあまりびっくりしないのではないだろうか。
暗い路地の向こうに光が見える。その光はややいびつな形をしていて、ゆっくりと近づいてくるそれは、僕をだんだんと怖い気持ちにさせる。
だが、僕の視力でもその形が何を意味するのかわかるようになったとき、僕はきっと安堵のため息をつくだろう。
その光の形は「犬」。

……悪くないアイデアだと思うのだが。