平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

裸一貫毛皮一枚。

この文章を書いているのはいわゆる早朝という時間帯で、どうやら気温は15度くらいらしい。窓を開けると「涼しい」というより「肌寒い」風が入ってくる。

そのくせ予想最高気温は32度だか33度になるようで、アナウンサーは「服装でうまく調節してくださいね」というようなアドバイスをくれるのだが、あいにくそういう細やかなコントロールができるほど様々な装備は持ち合わせていない。せいぜい「たびびとの服」あたりが関の山で、ややかしこまったところに行くような場合に「てつのよろい」を装備するくらいのバリエーションしか所持していないのだ。だから、肌寒い思いをする未来と暑い思いをする未来のどちらかを選んで、せいぜい工夫して着るものを選ぶことになる。

昨今の寒暖差について、僕よりも苦心しているのが我が愛犬で、飼い主の体温が近いベッドの上で寝るべきか、それとも床板からささやかにひんやりとした涼しさを感じることができる床の上で寝るべきなのか、毎晩試行錯誤を繰り返している。
こういう時期、朝まで同じところで寝つづけることはあまりなく、その時の暑さ寒さに合わせてベッドと床を行ったり来たりして眠りつつ、突然すっくと起き上がり「わん!」と大きな声で鳴いたりする。きっと、「暑いっつうんじゃ!」とか「寒いっつうの!」とか言っているのだろう。裸一貫毛皮一枚で生きるというのもなかなか大変なことなのだ。

ところで、犬が床の上で寝ていると、毛の色と床の色が似ているのでややまぎらわしいことになる。ましてや僕は目が悪いので、踏んづけないように細心の注意が必要だ。
床の上でこんこんと眠る犬は、僕のぼやけた視界では「こびりついた床の汚れ」のように見える事がある。一度、床の上でウトウトとしている彼女に「ぐっすりと眠っている君は、こびりついた床の汚れみたいに見えることがあります」と言ったことがあった。その声に反応した彼女は面倒くさそうにこちらに来て、僕の手をざりざりと2回舐めて、はふんとため息をついて床の上の所定の場所に戻ったのであった。

その「ざりざり」には「今は眠いから遊んでやれないんだ。スマンね」というメッセージが込められていたように感じられた。僕はなんとなく申し訳ない気持ちになり、彼女のそばに移動して、ごしごしと撫でてやったのであった。