平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

重要参考トイプードル。

夕方、ベランダにいた家族が悲鳴を上げながら僕を呼んだ。
何事かとおもい駆けつける……というほど広くないので数歩移動すると、ベランダの床に虫の死骸がある。家族は虫が大の苦手なので、こういう機会があるととりあえず僕が招集されるのだ。
家族はいつも通りそれの撤去を僕に命じ、ティッシュとコンビニ袋(小サイズ)が支給された。僕は自分の任務を忠実に遂行し、撤去された死骸をテッシュ+コンビニ袋(小サイズ)+コンビニ袋(小サイズ)という三重構造で梱包し、我が家のゴミ箱に埋葬した。

この体制ももうずいぶん長いので今さら改革をしようという気にはならないのだが、僕だって虫はかなり苦手なのだ。それでもこういう事態になると処理班(といっても班のメンバーはひとりしかいないのだが)に配属されてしまうのは、「こういう時は年長者がなんとかするものだ」、「こういう時は男がなんとかするものだ」という暗黙の了解、もしくは無言の圧力がかかるからで、これはこれでなんらかのハラスメントなのではないか、と思わないこともない。ちなみに僕は、我が家の中では年長者で、唯一の男性である。

ところで。
今回処理した死骸は、いくつかに分断された、いわゆるバラバラ死骸だったのだ。
つまりこれは、ちょっとした猟奇殺虫事件なのである。
僕が処理したのは被害虫の下半身(下半身?)と足二本、羽と思われる破片のみ。それらすべてを集めても、昆虫一匹分にはなりそうもない。
では、残りのパーツは、どこに消えたのか。

ここで重要参考人として浮上するのが、我が愛犬(女の子)だ(だから正確には「重要参考犬」となる)。
事件の現場となるベランダとリビングの境界線付近は、我が愛犬がよく立ち寄るところなのである。ベランダの窓越しにぼんやりと外を眺めている犬を見ては、「彼女も物思いにふけることがあるのかなあ」などと思っていたのだ。
もしかしたら彼女は、ぼんやりと外の眺めようと現場付近に向かい、そこで何かを発見したのではないか。そして、それに対する好奇心を抑えることができなかった彼女は、ある猟奇的な事件を起こしてしまったのではないか。もしそうならば、消えたパーツは、今、どこにあるのか。もしくは、もう、どこにもないのか。

そこまで考えた時、僕の背骨付近にすーっと恐怖が通り過ぎた。
無意識に彼女の居場所を探すと、彼女はいつものように、ベランダの窓から外を眺めていた。
彼女は僕の視線をを感じ、こちらを見る。彼女と目があう。なぜか僕は彼女から視線を外せない。彼女は何も言わないが、ただ少し、笑ったような気がした。