平熱通信

妄想癖、心配性、よそみがち。

地震速報の鳴った夜。

未明に緊急地震速報が鳴り響き、さすがに家族全員が飛び起きた。

僕が住んでいるところは大きく揺れることはなく、しばらくゆらゆらと床下が動く気配があったものの、すぐに静かになった。
それはそれでほっとしたものの、飛び起きた時の勢いが思いのほか強かったからかその後うまく寝付くことができなくなったようで、僕が寝ている部屋に娘がやってきた。あきらかに落ち着かない様子で僕にぴったりと寄り添っている犬の様子を見に来たらしい。ちなみに奥さんはとっくに眠っている。人としての器の違いのようなものをふと思う。

娘の姿を見ると犬は小さく「ぐるる」とうなり、タイ米くらいの小さな歯をちらりと見せて威嚇した。これを日本語訳すると「人の部屋に勝手に入ってくんなやワレ」という感じになると思われる。それを見た娘が「ああかわいちょかわいちょこわかったんでちゅねえ、携帯が大きい音で鳴ってびっくりしたんでちゅねえ」などと言いながら頭をなでようとすると、その手のひらを巧みに避けた犬はやや大きな声で、

「赤ちゃん言葉やめろや、ワシゃ大人やぞ」

とすごむのであった。ちなみに我が家の犬はトイプードルの女の子である。

そこからしばらく犬と娘は戦闘状態に突入するのだが、犬のしっぽはぴんと立ち、さきほど僕にしなだれかかっていた時とは比較にならないほど元気そうに見える。犬語と日本語で罵声を浴びせあっている光景を見ていると、もしかしたらふたりは完璧なコミュニケーションを確立しているのではないかしらん、などと思えてくる。

ふと気付くと、犬は仰向けの体勢で横たわり、娘がそのお腹をなでている。今回の勝負は娘の勝ちだったらしい。ちなみに娘の勝率は平均して5割くらいとのことだ。飼い主側の人間としてその勝率はどうなのか、という話はとりあえず置いておくとして、毎回なかなかいい勝負をしているらしい。

格闘を終えた犬はすぐに眠ってしまったのだが、娘はまだ眠気をうまくつかまえることができないようで、その後しばらく雑談をした。そこでは様々な話題が登場したのだが、娘が特に真摯に語ったのは、嵐が活動休止した後のテレビのバラエティ番組のクオリティについての懸念と、与田祐希というアイドルのかわいらしさであった。娘から教わることは多い。与田さんという人についてはあとでネットで調べてみようと思う。

いつの間にか4時を過ぎ、ようやく眠気のしっぽをつかまえることに成功した娘は自室に戻っていった。ちなみにその6時間後、彼女は「やばい遅刻する遅刻するよやばい」などと言いながら下着姿で部屋から飛び出してくることになる。
リビングでしみじみとコーヒーを淹れていた僕と目が合った娘は、どうやら今日が土曜であるということに気づき、あからさまにうなだれた様子で部屋に戻っていった。おそらく、授業のある他の曜日と間違えたのだろう。

下着姿の女の子が大あわてで部屋から飛び出してきて、一瞬ぴたりと静止した後、すごすごと帰っていくという、コントやマンガでしか見ることができないのではないかというような光景を目の当たりにしてしまった。
この奇行の原因が、未明の緊急地震速報とその後の雑談による生活リズムの乱れにあるとするならば、これもまた地震の影響といえるのかもしれない。