いや、もう前売り券を買ってあったから、今回はしょうがない。
……とかなんとか自分に言い訳をしつつ、映画を観に行く。
会社から、外での飲酒や映画館、イベント会場へ近づくことを自粛するよう言われているのだ。もちろんそれは強制ではなく、「自粛するよう言われている」といっても面と向かって偉い人にすごまれたわけではない。社内一斉メールでそういう通知が来ただけなのだが、「映画館には行かないように」などと注意されたのは高校時代以来はじめてだったものだからすっかり驚いてしまい、それなりに心に残っている。
ところで映画館の席数は約100で、それに対して観客数は4であった。ちょっとお客さんが少なすぎやしないかとは思うが、ソーシャル・ディスタンスは充分に確保できている。映画館の入り口で手の消毒と検温も済ませているし、上映中は常時換気が行われているらしいので、ここはおそらく自宅よりも安全な場所なのではなかろうか、と思う。
お客さんが4人というのは、公開後2週間ちょいというタイミングの映画としてはいかがなものか、という気もしないでもないが、土曜日の朝いちばんからゾンビ映画を観に来る人なんてそれほどいないのかもしれない。
映画はなんともはや、というか、どう言っていいのかよくわからないものであった。
それは、何か思いついて口を開けたものの、2、3回口をパクパクさせたあとそのまま口を閉じ、目線をななめ上(もしくはななめ下)に向けた後、ささやかに微笑んでしまうような、そういう感じのものだ。
とはいえ、ジム・ジャームッシュの映画はたいていそんな風合いのものであるし、それを「ふふふ」「いやはや」などと思いつつしみじみと観るのが僕なりの楽しみ方になる。もちろん今回のゾンビ映画だって、というより、いつだって、ジャームッシュの映画は観ているとどんどんしみじみとした気持ちになってしまうのだ。
まあ、これはいわゆる「感想は個人の見解です」というやつだ。インターネットのニュース記事風に言えば「持論を展開した」というやつになる(たぶん)。
「どう言っていいのかよくわからない」とはいえ、観た上で思うところがないわけではない。ただ、それは簡単には言葉にまとまらないし、特にまとめる必要もないのでそのまま頭の中に放置している(そもそも僕のまわりには、ジャームッシュの映画を観た時に、それについて会話をする相手がいないのだ)。そして時々、映画の結末について思い出しては、「いやはや」などとひとりでつぶやいたりするのである。
そもそも、「どう言っていいのかよくわからない」ということでいえば、世の中のたいていのものがそうなんじゃないでしょうか、という気もする。明快に明確に断言し語り尽くせるものなんて、少なくとも僕に関していえばほとんど持っていないのではないだろうか。
もちろんこれは、
だからね、映画ってのは世の中、もっといえば世界を映す鏡なんだよ。
……みたいなことを言いたいわけではない。単に「世の中のたいていのものは、僕にとってはどう言っていいのかよくわからないものだ」と思っているというだけのことだ。
それにしても。
会社からの自粛要請を見て見ぬふりをして映画館に向かい、消毒、検温をしてから映画を観るというのが今現在のリアルなのだ。
映画を観てまず感じたのは「あれ、この町の人たちはみんなマスクをしていないぞ」という違和感だ。マスクをしていないけどゾンビがいる町の物語を観ながら、自分が今生きている町のことをなんとなく思い、どう言っていいのかよくわからない心持ちになる。「日常」と「非日常」という言葉をどうとらえていいのかわからなくなってくる。
なんというか、こう、どっちもどっちとまでは言わないけれど。
いやはや。